近藤譲さんが可聴域を超している音に関してのお話の中で、自分の耳に聞こえない音(知覚できない、認識できない音)は自分にとっては存在していないのと同じと捉えていらっしゃるとのことだったけれどもハイパーソニックエフェクトとかもあるからそれは耳には聞こえなくても身体には影響あるようなの
— MAYAです。 (@uyuyu_uyuyu) 2014, 7月 23
近藤譲さんと佐々木敦さんのトークショー、2時間10分、異常なハイテンションでぶっ飛ばし、圧倒的な残響を残して終わりました。お客さんの知的なエネルギーもすごかった。あと2時間くらいあってもよかったなあ。 http://t.co/g6KQ1aiKQ4
— 木村元|artes (@kimuragen) 2014, 7月 23
近藤譲、佐々木敦トークよりの帰途。自然倍音列といえばこんな話を思い出す。ピアノの弦はその剛性、自重の影響で実際には調和的に振動しない。実際には高次倍音ほどに上ずる傾向がある。調律においては第二倍音が問題になるので、ピッチをズラして調律するのは高音部と低音部の一部の弦だけだが。→
— 石塚潤一 (@jishizuka) 2014, 7月 23
というわけで、何が言いたかったかといえば、「音痴な楽器」はオルガンだけではないということ。あと、近藤譲のオルガン曲「ノヴィタス・ムンディ」は特殊な音栓を駆使して「音痴な楽器」としてのオルガンの性能をフルに引き出しており、聴いていると眩暈すらしてくる強烈な作品。一聴をお勧め。
— 石塚潤一 (@jishizuka) 2014, 7月 23
近藤譲佐々木敦両氏トークショー。の帰途で近藤氏曰く「歌が絡まないとポリフォニーは面白くない」とはどういうことなのか気になる。歌が入ると多声は可なのか。またタイムマシンのくだりは今日のリハ内容ともかなり重なる(というか同ソースの可能性)ゆえに4'33"論も早々に着手せねば
— piperauritum (@piperauritum) 2014, 7月 23
近藤譲氏と佐々木敦氏とのトークショー、1:00?1:30あたりの正に哲学的なくだりは、聞いててワクワクする人とフワフワする人と居たのでは。ただ、会の結末は圧巻。まさかこうクライマックスが来るとは予想できない(予想できない)
— 早退 ?????? (@sothai_17) 2014, 7月 23
きょうの佐々木敦??近藤譲両氏の対談は、論議が無駄なく凝縮され深められ、お互い思っていることを容赦なく開陳し
切り込みあう、非常に高度な即興的対話だった。短時間で対話がこれ位高みに移行し、夫々の思考が拓かれ紡がれゆく様はほんとうにエキサイティングであった。
— やまももも (@yamamomomo) 2014, 7月 23
3コマやってからの、近藤譲さんとのトーク、満員御礼でした。近藤さんの極めて独特でありながら普遍的な思考=志向を垣間見ることが出来て大変刺激的でした。ありがとうございました。
— 佐々木敦 (@sasakiatsushi) 2014, 7月 23
■妻の作った豚の紅茶煮が大変に旨かった。
0 件のコメント:
コメントを投稿